ヴァカンスの哲学

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ヴァカンスの哲学

フランスの会社に勤めていると、日本人とフランス人の価値観や習慣の相違に驚かされる事がある。

例えばヴァカンスである。

労働を美徳とする日本人、労働を罪と思うフランス人。まずは労働の意識からして違う。

フランス語のヴァカンスとは「空白」という意味がある。英語でいうVacantである。

昨年はゴールデンウィークが、国の施策で9連休となり、困ったのを記憶している。いきなり、休みにされても休み慣れしていない日本人にとっては困るのだ。また、皆で一緒に休みというのが、何でかな?と思う。大体、交通機関が混んでいるし、ホテルや旅館も需要と供給の関係で、高くて泊まれない。

とにかく国が連休などを考えるようなことなどは、ロクでもないことだと思う。

2019年に労働基準法が改定され、10日以上の有給が与えられている従業員に対して、最低でも5日の有給取得が義務付けられているが、そんなものは前から取っているよと言いたいところだが、会社によっては全く取得しずらい会社があるのが現実なのだろう。

フランス人の上司などは「皆さん、連続5日以上は有給取るように」と間違って、皆の前で説明していたほどである。

さて、休暇明けのフランス人に会うとエネルギーに満ち溢れているのがわかる。頭を空っぽにして、充電され、さあ仕事に向かおうという表情がとって見える。

以前、このブログでも触れたが、フランス人にとって経済的な幸福よりも、十分なスペースのある家にすみ、十分なヴァカンスを取れることの事の方が重要なのである。

フランス人にとって、豊かな人生とは、いかに多くの金を使ったとか、どれくらい貯金や財産があるかでなく、つまり経済的な指標で表されるものでなく、広い意味でのゆとりのある生活が大事なのである。

ゆとりのある生活とは、最低の労働時間で、それに伴う休暇を費やせる毎日、そして十分なヴァカンスを持つ事である。

幼少から日本の義務教育で、同調圧力の刷り込みと従順さを教育されてきた日本人にとっては、単に「怠けものか」と思われるかもしれない。

水が一杯のコップににお湯を注いでも、溢れるばかりで入っていかない。次のお湯を入れるには、コップに空き領域を持たなくては、受け入れることはできない。ハードディスクのメモリーがいっぱいになっている時に、次のデータを置きたくても置けない。

ヴァカンスとは、頭を空っぽにして、次の新しいデータを入れる為のリフレッシュ作業である。

しかもお金をかけない工夫をフランス人はよく知っている。例えば、北フランスと南フランスで友達同士で家を交換し、違った場所で、違ったエッセンスの雰囲気を楽しむと言ったように。そこで、のんびりと2週間くらい自分のしたいように過ごしたり。

もう一つ、北フランスに住んで思ったのは、圧倒的に日照時間が少ない。だからヴァカンス中に南国のビーチなどに行って、太陽の光を全身に受け、ビタミンの生成を助けなければならない。

私も日光があまりにもない期間を北フランスで過ごし、ビタミン不足で病気になったほどだ。

そのお話はまた次回にして。

ではでは。

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