石井川を遡ると何があるのか|烏原導水路・石井川水路橋から旧山道、三角点、風舎へ至った現地記録

火の用心プレートに ・No.9 ・No.8 ・No.7 ・風舎 ・No.10 行ってこい

2026年5月。
烏原貯水池周辺の水系構造を調べる中で、石井川上流域を現地確認する機会があった。

出発点は、経済産業省資料にも記載される近代産業遺産、
「烏原導水路・石井川水路橋」

しかし、その先で待っていたのは、単なる川沿い調査ではなく、旧山道、管理標識、三角点、そしてこれまで足を踏み入れたことのなかった菊水山ゴルフクラブ風舎へとつながる、予想外の地形体験だった。

※本記事は現地観察記録であり、特定ルートの追従や立入りを推奨するものではありません。


目次

石井川上流の入口|烏原導水路・石井川水路橋

石井川から上流へ向かうと、まず近代産業遺産として重要な
烏原導水路・石井川水路橋
に到達する。

烏原水源地の導水構造を支えた重要施設であり、石井川流域調査の起点として極めて象徴的な場所である。

烏原導水路・石井川水路橋
烏原導水路・石井川水路橋 近代産業遺産

丸太と鉄板だけの橋|山道への入口

その先で現れたのは、丸太を並べた上に鉄板だけが敷かれた簡易的な橋。

慎重に渡ると、その先には山道と思われるルートが続いていた。

この時点では、石井川本流の水系確認を続けるつもりだったが、やがて川筋の視認が難しくなり、旧山道らしきルートへと移行していく。

石井川 入り口 お地蔵さん
石井川から旧山道と思われる入り口に差し掛かった場所にあるお地蔵さん?

廃屋、イノシシ、崩壊山道

道中では廃屋を確認。
さらにイノシシ3頭と遭遇。

山道は崩れ、木にしがみつきながら登る場面もあった。

この時点で、通常の散策路というより、管理痕跡を残しつつも荒廃した旧ルートの様相が強まっていった。

【写真:廃屋】

石井川 廃屋 竹 イノシシ
石井川を登り進んでいくと廃屋にぶつかる。辺りには猪の姿も。

三角点|地形の転換点

急斜面を越えた先で到達したのが三角点。

ここでは、
三角点付近に赤スプレーで複数方向へ区切られた線
が確認され、周辺には十字赤スプレー付き石柱も点在していた。

これは単なる自然地形というより、何らかの管理・測量・区画意識を感じさせる地点だった。

神戸市 三角点
神戸市 三角点
石柱 赤スプレー
三角点から6当分された線に赤のスプレーの石柱。

火の用心プレートと「風舎」表示

さらに進むと、
火の用心プレートに

・No.9
・No.8
・No.7
・風舎
・No.10 行ってこい

といった文字を確認。

また、木と木の間にはロープもあり、完全な廃道ではなく、管理番号付きルート網の一部である可能性が浮かび上がる。

木と木の間に設置されたロープ
木と木の間に設置されたロープ
木にぶらさらがった西谷10−2の円札
木にぶらさらがった西谷10−2の円札
火の用心プレートに

・No.9
・No.8
・No.7
・風舎
・No.10 行ってこい
火の用心プレートに・No.9・No.8・No.7・風舎。反対方向にNo.10 行ってこいの表記がある。

山麓バイパス上部通過

その後、山中から山麓バイパスを上部通過。

長年菊水山周辺を歩いてきた中でも、これまで知らなかった尾根側地形との接続が現れた。

山中から山麓バイパスを上部通過。森林に覆われて見づらくてすいません。
山中から山麓バイパスを上部通過。森林に覆われて見づらくてすいません。

分岐点|鉄塔か、風舎か

風舎直下には分かれ道があり、

下る

→ 鉄塔方面で行き止まり

風舎の下には分かれ道があり、下ると鉄塔で行き止まり。
風舎の下には分かれ道があり、下ると鉄塔で行き止まり。

登る

→ 風舎

そして、風舎方向のみ角材階段で整備されていた。

これは、
・鉄塔保守
・ゴルフ場関連
・管理動線

など、複数の目的が交差する可能性を示していた。

菊水山 ゴルフ場 角材階段
菊水山ゴルフ場風舎へと続く角材階段。(後で知る)


初めて見た菊水山ゴルフ場側の風景

10年以上菊水山に登ってきたが、
菊水山ゴルフクラブ側へ入ったのは今回が初めてだった。

風舎を下ると馬小屋、羊。
そして、これまで見たことのない角度から見る菊水山の風景。

それは、いつもの登山道側とはまったく異なる、“もう一つの菊水山”だった。

【写真:風舎】

菊水山ゴルフ場風舎
菊水山ゴルフ場風舎
菊水山ゴルフ場風舎から見る菊水山
菊水山ゴルフ場風舎から見る菊水山
菊水山ゴルフ場から見る菊水山
菊水山ゴルフ場から見る菊水山
菊水山ゴルフ場から見る菊水山2
菊水山ゴルフ場から見る菊水山2

結論

今回のルートで確認できたのは、
石井川水系そのものの完全接続ではない。

途中で川筋を離れ、旧山道と思われる管理痕跡ルートへ移行したため、水系接続そのものは未確認である。

しかし、

石井川上流域には、近代産業遺産(水路橋)から始まり、旧山道、管理番号、三角点、鉄塔、風舎へと連なる“もう一つの管理された山の構造”が存在していた可能性

が見えてきた。


注意

本記事は現地観察記録であり、危険地形・管理区域の可能性を含みます。安易な追従や立入りを推奨するものではありません。

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