菊水山– category –
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なぜ石臼が残るのか|烏原貯水池に沈んだ鳥原村の産業史
水没した村「鳥原(からすはら)村」と水車産業の痕跡【一次資料×現地調査】 概要 兵庫県神戸市の烏原貯水池(立ヶ畑堰堤(たちがはたえんてい))は、1905年(明治38年)に竣工した近代水道施設です。しかし、この湖底にはかつて、水車産業で栄えた「鳥原... -
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烏原貯水池の歴史と建設背景― 明治期水道事業・外国人技術者・水没した村の記録 ―
概要 兵庫県神戸市兵庫区に位置する烏原貯水池(立ヶ畑堰堤)は、1905年(明治38年)に完成した近代水道施設であり、神戸の都市発展を支えた重要な土木遺産である。布引貯水池に続く水源として建設され、日本で4番目の水道専用ダムとして位置付けられる。 ... -
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菊水山の登山道は誰が守っているのか 80歳、20年続ける整備の記録(神戸・六甲全山縦走路)
80歳で20年。言葉だけでは伝わらない現場の重みは、映像で確認してほしい。 https://youtu.be/SiE8fFeqQZE 午前2時半、誰もいない山へ入る理由 午前2時半。まだ街も動き出していない時間に、一人の男が山へ入る。 年齢は80歳。 菊水山で、登山道整備を20年... -
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菊水山 登山道整備の現場記録②|丸太を運び、道を作る
2026年4月20日、午前5時24分。菊水山山頂で日の出を迎えた。 空気は澄み、山の輪郭がゆっくりと浮かび上がる。この日も、いつも通り山は静かだった。 下山の途中、登山道整備を続ける岡本学さんに話を伺った。 菊水山山頂 日の出前。赤く染める空と石碑 ... -
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なぜこんな場所に?新装された鵯越大仏を現地で検証してみた
2026年4月19日 朝の山歩き。久しぶりに鵯越へ向かった。正直なところ、この大仏はずっと引っかかっていた。 「なぜこんな場所にあるのか分からない大仏」——それが第一印象だ。 山に入ると現れる生活の気配 烏原登山会の記帳所へ立ち寄る。そこから山へ入っ... -
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菊水山に刻まれた道と人の記録 ― 登山道整備20年、岡本学さんの歩み ―
神戸市の菊水山。早朝、まだ薄暗い時間帯から、この山で作業を続けている人がいる。 この人の名前は、検索しても出てこない。 岡本学さん。現在80歳。およそ20年にわたり、登山道の整備を一人で続けてきた。 菊水山山頂へ丸太を取りに来る岡本さん。2026年... -
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大楠公像の除幕式とは何だったのか|湊川公園・昭和10年5月22日 神戸新聞が報じた実像
いつも静寂に包まれる湊川公園。大楠公像の横では、昼休みのサラリーマンがベンチで弁当を広げ、土曜日には手仕事市が開かれ、子どもたちが遊具で遊ぶ。 しかしこの場所は、かつて――数万の人々が集まり、熱狂に包まれた空間だった。 昭和10年5月22日。ここ... -
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なぜ菊水山石碑の工事は報じられなかったのか|大楠公像と現地石碑が示す昭和10年の報道構造
湊川公園にある大楠公像。その周囲にある石碑には、いずれも「昭和10年5月」と刻まれている。 しかし、不思議なことに、その建設過程――とりわけ工事の記録は、ほとんど残されていない。 なぜか。 本記事では、大楠公像の除幕式報道と現地石碑、そして一次... -
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大楠公六百年祭はどう再編集されたのか|昭和10年と昭和60年の記録を比較検証【一次資料】
■ はじめに 本記事は、大楠公六百年祭を評価・批評するものではない。 菊水山の石碑や地形を現地で観察し、その由来を一次資料で検証していく過程で、この祭典に行き当たった。 つまり本記事は、👉 **「菊水山という現場から遡って見えてきた歴史の...
