Yuichi Furukawa– Author –
Yuichi Furukawa
神戸の歴史を、一次資料と現地調査に基づき検証・発信しています。
国立国会図書館所蔵資料や神戸新聞社のマイクロフィルムなど、当時の記録に遡った一次史料を軸に、既存の通説を再検証しています。あわせて現地踏査を継続し、地形や遺構の現状と史料との整合性を突き合わせることで、歴史の実像に迫ることを重視しています。
外資系企業にて事業開発および分析業務に従事。EDHEC Business School(仏)修了。ダブルディグリー制度により名古屋商科大学ビジネススクールEMBA取得(同プログラム日本人初修了)。
神戸の歴史において見過ごされてきた事実や、再検証が必要なテーマを、一次資料に基づき体系的に整理・発信しています。
2025年より毎朝登山を継続(300日以上)。菊水山を中心に現地の変化を日々記録しています。
Googleマップへの情報提供(新規登録・修正・写真・動画投稿)およびYouTube・ブログを連動させ、神戸のローカル情報を蓄積し、検証可能な形で公開しています。
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箸休め
新開地に眠っていた記録をつなぐ|竹山聖「コワレ・サビ」とスカイゲートから読み解く震災前後のまちづくり
はじめに|失われかけていたのは、作品ではなく「記録」だった 新開地商店街の入口に立つ巨大な鉄の造形物「コワレ・サビ」。 前回の記事では、長年その正体がよく分からなくなっていたこの造形物を調査し、作者が建築家・竹山聖氏であること、1999年に制... -
箸休め
友ヶ島を歩く|砲台跡だけではない、修験・灯台・自然が重なる島
和歌山県加太の沖、紀淡海峡に浮かぶ友ヶ島。 友ヶ島と聞いて、まず思い浮かぶのは赤レンガの砲台跡ではないでしょうか。 しかし、訪問を前に古い資料を調べてみると、この島には砲台だけではない、いくつもの歴史が重なっていることが分かりました。 修験... -
神戸の水道
奥平野浄水場の水はどこから来る?|布引水源は約41%だった
私の住んでいる地域も奥平野浄水場の配水エリアです。 神戸市の水源別給水区域図(概略図)。奥平野浄水場の水源として「布引貯水池・布引湧水など」と示されている。給水区域は水源の状況などによって変動するため概略図となっている。出典:神戸市水道局... -
神戸の水道
ダム工学会・第3回水道ダム交流講演会 神戸編|普段は入れない布引ダム「五本松堰堤」を歩く
2026年8月27日、一般社団法人ダム工学会が主催する「第3回 水道ダム交流講演会 神戸編」に参加しました。 午前は布引ダムと雌滝取水堰堤の現地見学、午後は水道ダムをテーマとした講演会です。公式プログラムにも、神戸編の見学先として布引ダム・雌滝取水... -
神戸の水道
布引ダムの水はどう神戸へ送られたか|布引の滝から奥平野浄水場まで
前回の記事では、現在の布引ダムである「五本松堰堤」がどのように造られたのかを、明治43年(1910)の『神戸市水道誌』をもとにたどりました。 しかし、ダムは水を貯めるだけの施設ではありません。 貯めた水を取り出し、浄水場へ送り、飲み水として市街... -
布引の滝
神戸・布引ダム「五本松堰堤」はどう造られたのか|明治43年の記録と現在
神戸・布引の山中にある布引ダム。 現在は「布引ダム」の名で知られていますが、明治43年(1910)に神戸市が刊行した『神戸市水道誌』を見ると、「布引水源五本松堰堤」として詳しい構造や施工方法が記録されています。 私自身、2020年10月に布引ダムを訪... -
東山商店街
新開地商店街入口の謎の鉄板「コワレ・サビ」― 作者・竹山聖、1999年建造
【追記:その後の調査で新たな資料が見つかりました】竹山聖さんご本人が約30年前の資料を確認してくださり、「コワレ・サビ」とスカイゲートのスケッチ、制作意図、発注者、施工業者、工事費などが新たに判明しました。 詳しくはこちらの記事にまとめてい... -
神戸の水道
神戸市水道拡張誌で見る千苅ダムの全体像|大正11年の史料が示す貯水池・嵩上げ・放水路
2026年8月9日、神戸市北区道場町にある千苅ダム(千苅貯水池)を初めて現地視察しました。 前回は、堰堤に残る大正期の英文銘板や昭和初期の拡張工事の石板など、現地に刻まれた文字を読むという視点から千苅ダムを紹介しました。 【関連記事】 今回は視点... -
神戸の水道
千苅貯水池堰堤の石板を読む|「人助天」と英文銘板、昭和の日本語銘板
2026年8月9日、結成されたばかりの神戸アルプスの会のメンバー4名で、神戸市北区道場町にある千苅ダムを視察しました。 私にとって、今回が初めての千苅ダム現地視察です。 【千苅ダム全景】 2026年8月9日に初めて現地視察した千苅ダム。大正期に築かれ、...
