友ヶ島が強風予報で欠航|加太・淡嶋神社・深山第一砲台跡から由良要塞をたどる

友ヶ島

2026年10月18日(日)

いつも菊水山山頂から眺めている和歌山県の友ヶ島。

晴れた日には、神戸の菊水山山頂からも紀淡海峡の向こうに友ヶ島を見ることができます。

現在「友ヶ島」と呼ばれているのは、沖ノ島・地ノ島・神島・虎島の4島の総称です。砲台跡だけではなく、修験、灯台、自然など、さまざまな歴史が重なる場所でもあります。

神戸の菊水山山頂から紀淡海峡の友ヶ島を望む風景
晴れた日の菊水山山頂から望む友ヶ島
目次

菊水山から見えていた友ヶ島へ

菊水山から眺めると、友ヶ島は意外なほど近くに見えます。

淡路島からもすぐ近くです。

しかし神戸から実際に友ヶ島へ渡ろうとすると、大阪方面を経由して和歌山県の加太港まで向かい、そこから船に乗らなければなりません。

今回は神戸から電車で大阪へ向かい、十三で合流して車で加太港を目指す計画を立てました。

ところが当日の朝6時、友ヶ島汽船のホームページが更新され、

「10月18日(日)強風予報のため欠航」

と発表されました。

前日17日も全便欠航でした。

友ヶ島汽船ホームページに表示された10月18日の強風予報による全便欠航のお知らせ
2026年10月18日、強風予報のため全便欠航となった友ヶ島汽船

欠航でも加太港へ向かった

友ヶ島へ渡れないなら、そのまま予定を中止するという選択肢もありました。

しかし前日の段階で、欠航の場合は加太周辺に残る深山第一砲台跡と紀淡海峡を歩くバックアッププランを考えていました。

実際の加太港や紀淡海峡の状況も、自分の目で確認しておきたい。

そこで当初の予定どおり和歌山へ向かいました。

午前9時前、加太港に到着。

意外にも港の風は穏やかでした。

海上には多くの釣り船が浮かび、紀淡海峡も一見すると静かです。

和歌山市加太港の防波堤から見た友ヶ島の沖ノ島と虎島
加太港の防波堤から望む沖ノ島と虎島。海上は一見すると穏やかだった

友ヶ島汽船が欠航したら島には渡れないのか

加太港の駐車場の方に、

「友ヶ島汽船以外で友ヶ島へ渡る方法はないのでしょうか」

と尋ねてみました。

その方の話では、友ヶ島への渡航には許可などの問題があり、上陸後の安全にも責任が持てないため、友ヶ島汽船が欠航すると島へ渡ることはできないとのことでした。

行きの船だけ出しても、その後に風が強くなれば乗客が帰れなくなります。

島に人を送り出す以上、帰りの海況まで考慮しているのでしょう。

加太港で聞いた友ヶ島汽船の欠航判断

友ヶ島汽船の乗船場には、

「本日、天候不良の為欠航致します」

という案内が掲示されていました。

加太港の友ヶ島汽船乗り場に掲示された本日天候不良のため欠航という案内
加太港の友ヶ島汽船乗り場に提示された本日天候不良のため欠航という案内

乗船場では、売り場係員の方から話を聞くことができました。

この日の午前中は風が穏やかでも、昼前から風が強くなる予報が出ていたそうです。

そして天気予報だけではなく、実際の海を見てきた経験による判断も含め、欠航を決めているとのことでした。

また係員の話では、加太港灯台付近の風速が7m/s以上になると欠航の可能性があるとのこと。

特に乗客が船へ乗り降りする際の安全が問題になるそうです。

港だけを見れば穏やかでも、その数時間後の紀淡海峡まで含めて運航を判断していることが分かりました。

和歌山県加太港に停泊している友ヶ島汽船の65人乗り船舶
加太港に停泊する友ヶ島汽船の船舶。写真は65人乗り


和歌山県加太港にある友ヶ島汽船の乗船場
友ヶ島へ向かう船が発着する加太港の乗船場

加太港周辺を歩く

加太港周辺を歩いていると、太平洋岸自転車道1400kmのモニュメントがありました。

自転車のタイヤを台座に挟み、そのまま記念撮影できる仕組みになっています。

友ヶ島だけを目的に来ていれば、気づかず通り過ぎていたかもしれません。

和歌山県加太港にある太平洋岸自転車道1400kmの自転車モニュメント
加太港に設置された太平洋岸自転車道1400kmのモニュメント

友ヶ島とつながる加太淡嶋神社

加太港から徒歩3分ほどの場所に、加太淡嶋神社があります。

鳥居の前には地元の魚介類や海苔などを扱う店が並び、港町らしい雰囲気があります。

和歌山市加太にある加太淡嶋神社の鳥居と門前の商店
加太港から徒歩数分の加太淡嶋神社。鳥居前には海産物を扱う店が並ぶ

境内近くには、日本遺産「葛城修験」の案内板が設置されていました。

そこには淡嶋神社と友ヶ島を結ぶ興味深い伝承が記されています。

神功皇后が三韓征伐からの帰途、嵐に遭って友ヶ島へ避難。

その後、友ヶ島に祀られていた少彦名命・大己貴命を加太へ勧請したことが、淡嶋神社の縁起とされています。

少彦名命は薬の神として信仰され、病気回復、安産、子授けなどの御利益で知られています。

毎年3月3日には雛流し神事が行われ、紀州徳川家でも代々、雛人形を淡嶋神社へ奉納する習慣があったと案内板には記されています。

現在も境内には約2万体ともいわれる人形が奉納されています。

加太淡嶋神社と友ヶ島の伝承を解説する日本遺産葛城修験の案内板
日本遺産「葛城修験」の構成文化財として紹介される加太淡嶋神社

友ヶ島へ渡れなくなった日に、その友ヶ島と深く結びつく淡嶋神社を訪ねる。

結果として、今回の旅を考えるうえで重要な寄り道となりました。

本土側の由良要塞・深山第一砲台跡へ

加太港を後にして、次に向かったのが深山第一砲台跡です。

現地の案内によると、深山砲台跡は友ヶ島地区、淡路島由良地区の砲台とともに、明治時代に築かれた由良要塞の一部でした。

大阪湾を防衛する役割を担った施設で、現在は瀬戸内海国立公園に編入され、「自然の小径」と呼ばれるハイキングコースとして歩くことができます。

案内上の所要時間は約60分です。

和歌山市深山にある深山第一砲台跡と自然の小径の案内板
深山第一砲台跡へ続く「自然の小径」の案内板

森の中に残る赤レンガの砲台

森の中を歩くと、突然、大規模な赤レンガ造りの施設が姿を現します。

これが深山第一砲台跡です。

由良要塞の一部として築かれた深山第一砲台跡の赤レンガ構造物
森の中に残る赤レンガ造りの深山第一砲台跡

現地には3門分の砲座跡が残っています。

和歌山市深山第一砲台跡に残る円形状の砲座跡
深山第一砲台跡に残る円形の砲座跡

砲台内部へ入ると、昼間でもほとんど光が入りません。

スマートフォンのライトを点けて、ようやくレンガ造りの内部構造を見ることができます。

深山第一砲台跡内部の暗いレンガ造りの通路
深山第一砲台跡の内部。昼間でも非常に暗い

周辺には「海軍」と刻まれた石柱や、旧日本海軍由良水雷隊に関係する史跡も残っています。

深山第一砲台跡周辺に残る海軍と刻まれた石柱
深山周辺に残る「海軍」と刻まれた石柱

和歌山県加太に残る旧日本海軍由良水雷隊の史跡

紀淡海峡防衛の歴史を伝える旧日本海軍由良水雷隊史跡

友ヶ島だけでは見えなかった「由良要塞」

現地の案内板を見ると、由良要塞は友ヶ島だけに築かれたものではありません。

淡路島の由良、友ヶ島、和歌山側の加太・深山。

紀淡海峡を挟む広い範囲に砲台が配置され、大阪湾への入口を防衛していました。

淡路島由良、友ヶ島、和歌山加太にまたがる由良要塞の配置を示す案内板
淡路島由良、友ヶ島、和歌山加太にまたがる由良要塞の配置を示す案内板

友ヶ島だけを見ると、「島に残る砲台跡」という印象になります。

ところが和歌山側の深山から眺めると、

「紀淡海峡そのものを一体として防衛していた」

という地理的な構造が見えてきます。

これが今回、現地を歩いて得た最も大きな発見でした。

深山から友ヶ島と淡路島を望む

深山第一砲台跡から展望公園へ進むと、紀淡海峡が大きく開けます。

目の前には今回渡るはずだった友ヶ島。

そのさらに向こうには淡路島が見えます。

深山展望公園から紀淡海峡越しに友ヶ島と淡路島を望む景色
深山から望む友ヶ島。その向こうには淡路島が見える

今回は島へ渡ることができませんでした。

しかし本土側から眺めたことで、

和歌山―友ヶ島―淡路島

という位置関係が非常によく分かりました。

紀淡海峡の海岸まで下りる

さらに砲台下の海岸へ向かいました。

浜辺まで下りると、海面に近い位置から友ヶ島を望むことができます。

深山第一砲台跡下の海岸から見た紀淡海峡と友ヶ島
深山第一砲台跡下の海岸から紀淡海峡と友ヶ島を望む

砲台跡、海峡、友ヶ島。

現地の地形を実際に見ることで、なぜこの場所に要塞が築かれたのかを想像しやすくなります。

紀淡連絡道路という未来の構想

紀淡海峡には、和歌山市と淡路島の洲本市を結ぶ紀淡連絡道路の構想があります。

現地資料では、紀淡海峡約11kmを横断し、和歌山市と洲本市を結ぶ全長約40kmの幹線道路として紹介されています。

また、紀淡海峡部分では大規模な吊り橋を想定した計画が示されています。

紀淡海峡を横断して和歌山市と淡路島洲本市を結ぶ紀淡連絡道路の計画図
和歌山市と淡路島洲本市を結ぶ紀淡連絡道路の計画ルート

出典:紀淡連絡道路実現期成同盟会「紀淡連絡道路について」
http://www.kitan-renraku.com/about.html

かつて大阪湾を守るための軍事拠点だった紀淡海峡。

現在は、将来の新たな交通軸としても構想されています。

天空の湯から友ヶ島を望む

深山第一砲台跡を歩いたあとは、徒歩圏内にある休暇村紀州加太の淡嶋温泉・天空の湯へ向かいました。

この日は駐車場も満車で、ランチやカフェを利用する人で賑わっていました。

休暇村紀州加太から紀淡海峡越しに望む友ヶ島
休暇村紀州加太から望む友ヶ島と紀淡海峡

露天風呂から眺める紀淡海峡。

朝には渡るつもりだった友ヶ島を、最後は和歌山側から眺めることになりました。

まとめ|友ヶ島に渡れなかったから見えた由良要塞

今回、強風予報のため目的だった友ヶ島へ渡ることはできませんでした。

しかし、加太港を歩き、淡嶋神社を訪れ、深山第一砲台跡まで足を延ばしたことで、友ヶ島を単独の観光地としてではなく、淡路島由良・友ヶ島・和歌山加太を一体として防衛した「由良要塞」として見ることができました。

淡嶋神社には、神功皇后が嵐を避けて友ヶ島へ渡ったという伝承が残ります。

明治時代になると、この紀淡海峡には大規模な要塞が築かれました。

さらに現在は、紀淡連絡道路という未来の構想もあります。

古代の伝承、近代の軍事史、そして未来の交通計画。

紀淡海峡には、異なる時代の歴史が幾重にも重なっています。

友ヶ島へ渡れなかったことは残念でした。

しかし結果として、島へ渡っただけでは気づかなかったであろう、「紀淡海峡全体を見る」という視点を得ることができました。

次回は実際に友ヶ島へ渡り、今度は島側から加太と淡路島を眺め、由良要塞の姿をもう一度確かめてみたいと思います。


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