新開地商店街の入口、新開地3丁目付近を歩いていると、ひときわ目を引く巨大な鉄板があります。
茶褐色に錆びた大きな鉄板が立ち上がり、その表面には黄色い塗装の跡も残っています。
神戸生まれ・神戸育ちの友人から、この鉄板について「有名なもの」と聞きました。
しかし、改めて現地を見ても、目立つ案内板は見当たりません。
インターネットで「新開地 鉄板」「新開地 モニュメント」などと調べても、なかなか正体にたどり着けませんでした。
そこで今回、この謎の鉄板について調べてみました。
新開地商店街入口に立つ巨大な鉄板
場所は、新開地本通りの北側、新開地3丁目。
「フレール新開地3丁目」や「新開地まちづくりスクエア」がある一角です。
間近で見ると、単純な一枚の鉄板ではありません。
大きな鉄板を組み合わせたような構造で、表面には長年の風雨による錆が広がっています。
その一方で黄色い塗装も残っており、単なる建築設備ではなく、何らかの意図をもってつくられた造形物であることが分かります。



情報を求めたところ、さまざまな説が出てきた
この鉄板についてSNSで情報を求めたところ、いくつか興味深い情報が寄せられました。
その一つが、阪神・淡路大震災以前から進められていた「新開地アートビレッジ構想」との関係です。
新開地アートビレッジ構想は1991年に策定され、その後の震災復興や新開地のまちづくりとも結びつきながら具体化していきました。
また、新開地では建築物や公共空間を含め、街全体のデザインを考える取り組みが進められてきました。
そのため、この鉄板についても、新開地のアートや都市デザインに関係するものではないかと考えました。
一方、「1996年に制作された榎忠氏の作品ではないか」という情報も寄せられましたが、これは場所や年代などが一致せず、裏付けを確認することができませんでした。
調査を進めるうちに、この鉄板について確かな情報がほとんど残っていないことが分かってきました。
新開地まちづくりNPOへ問い合わせ
そこで、新開地のまちづくりに長年携わっている「新開地まちづくりNPO」へ問い合わせました。
すると、非常に興味深い回答をいただきました。
この造形物について、同NPOが設置したものではなく、数年前にも行政や地元の方に確認したものの、詳しい経緯は分からなかったとのことでした。
ただし、作品の近くの地面に設置された小さなキャプションから、次の3点が判明しました。
作者:竹山 聖
作品名:コワレ・サビ
建造年:1999年7月
ようやく、この巨大な鉄板の正体が見えてきました。
作品名は「コワレ・サビ」
何より印象的なのが、その作品名です。
「コワレ・サビ」
現在の姿を見ると、まさにその名前を体現しているようにも見えます。
錆びた鉄板、途切れたような黄色い塗装、無骨な構造。
しかし、この「壊れ」や「錆」が、完成後の経年劣化によって偶然生じたものなのか、それとも当初から作品のテーマとして意図されていたものなのかについては、今回確認できた資料だけでは分かりません。
作品名から考えると、鉄が朽ちていく時間そのものを含めて作品として捉えている可能性もありますが、これは作者による解説が確認できるまでは推測にとどめておく必要があります。
1999年7月という建造時期
「コワレ・サビ」が建造されたのは1999年7月。
この時期は、阪神・淡路大震災後に整備された「フレール新開地3丁目」が完成した時期と重なります。
新開地まちづくりNPOからも、
「おそらく、フレール竣工のタイミングで設置されたと思われる」
との回答をいただきました。
そのため、「コワレ・サビ」は単独で後から置かれた彫刻ではなく、震災復興後の新開地3丁目の整備や街角デザインとともに誕生した可能性が高そうです。
ただし、具体的に誰が発注したのか、どの事業の一環として設置されたのか、工事費はいくらだったのかといった詳細については、現在も確認できていません。
作者は建築家・竹山聖?
現地キャプションには、作者として「竹山 聖」と記されています。
竹山聖氏といえば建築家として知られ、新開地のまちづくりにも関係した人物として名前が出てきます。
SNSでも、
「この作品は『壊れサビ』という名前だったと記憶している。作者は建築家の竹山聖さん」
という情報が寄せられました。
現地キャプションの「竹山聖」という記載とも一致しています。
今後、竹山氏の作品資料や当時の設計資料まで確認できれば、「コワレ・サビ」がどのような意図でつくられたのか、さらに詳しく分かるかもしれません。
黄色いチャップリンのモニュメントとは別物
調査の途中で、もう一つ注意が必要なことが分かりました。
新開地には、チャールズ・チャップリンの横顔をモチーフにした黄色いモニュメントがあります。
新開地はかつて映画館や劇場が並んだ「聚楽館」をはじめ、映画・演芸の街として栄えた場所です。

新開地に設置されている、チャップリンの横顔を表した黄色いモニュメント。
この黄色いモニュメントについて書かれた過去の記事があるため、「コワレ・サビ」に残る黄色い部分もチャップリンを表しているのではないか、という話も出ました。
しかし、黄色いチャップリンのモニュメントと「コワレ・サビ」が同一作品なのか、あるいはデザイン上の関係があるのかは確認できていません。
両者は分けて考える必要があります。
地元でも詳細が分からなくなっていた作品
今回の調査で最も興味深かったのは、「コワレ・サビ」が1999年につくられた比較的新しい作品でありながら、その経緯がすでにほとんど分からなくなっていたことです。
新開地まちづくりNPOでも以前、行政や地元の方に確認したものの、詳しい情報は得られなかったとのことでした。
作品のすぐ近くに小さなキャプションが残っていたことで、
「コワレ・サビ」
作者・竹山聖
1999年7月建造
という最低限の情報だけが現在まで伝わっています。
街の中には、毎日多くの人が目にしていても、その名前や由来を知られないまま残っているものがあります。
「コワレ・サビ」も、その一つだったのかもしれません。
まとめ
新開地商店街入口にある巨大な錆びた鉄板。
これまで正体がよく分からなかったこの造形物について、今回の調査で次のことが分かりました。
作品名:コワレ・サビ
作者:竹山 聖
建造年:1999年7月
フレール新開地3丁目の竣工時期と重なることから、震災復興後の新開地のまちづくりや街角デザインとともに設置された可能性が高いと考えられます。
一方で、
誰が発注したのか。
作品にどのような意味が込められているのか。
なぜ「コワレ・サビ」という名前なのか。
設置費用はいくらだったのか。
といった点は、まだ分かっていません。
1999年から新開地の入口に立ち続けてきた「コワレ・サビ」。
もし設置当時のことや、竹山聖氏による作品の意図をご存じの方がおられましたら、情報をお寄せいただければ幸いです。


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