菊水山の無線中継所(電波塔)は1970年代に設置されたのか

NTTドコモへ設置年月日を照会したが、設備情報は社内情報として開示されなかった。

※菊水山の名称、石碑、菊水紋、登山道整備などの全体像は、「菊水山とは何か」にまとめています。

菊水山山頂の無線中継所はいつ設置されたのか。
NTTドコモへの照会では設置年月日は非開示だったが、文献と写真を追うことで、設置時期はかなり絞られてきた。

現時点では、1969年以降、1978年以前に設置された可能性が高いと考えられる。

1. はじめに|菊水山山頂の電波塔はいつ建ったのか

菊水山山頂 無線中継所 石碑 電波塔
かつて記念碑と草地が中心だった山頂には、現在、無線中継所が設置されている。

菊水山山頂には現在、NTTドコモ菊水無線中継所が設置されている。
しかし、現地では設置年月日を示す銘板は確認できず、NTTドコモへの照会でも設置年月日は非開示だった。
そこで、文献・写真・現地調査から設置時期を絞り込む。

菊水山の名称や記念碑の成立については、以下の記事で詳しく整理している。


2. 現地で確認できること|NTTドコモ菊水無線中継所

現地で確認した「NTTドコモ菊水無線中継所」の表示。これにより、管理道直結の設備名称は確認できた。
現地で確認した「NTTドコモ菊水無線中継所」の表示。現在の設備名称は現地で確認できる。
  • 現地看板で名称確認
  • 設置年月日の銘板は確認できず
  • ドコモ照会では社内情報として非開示

NTTドコモ菊水無線中継所について、現地調査と関係機関への照会結果をまとめた記事はこちら。


3. 1960年代前半には確認できない

菊水山東尾根側、管理道に直結するNTTドコモ菊水無線中継所。設置年月日は現地表示からは確認できなかった。
現地では設備名の表示を確認できた一方、竣工年月日や運用開始時期を示す表示は確認できなかった。

参考文献:山下道雄『新しい六甲山』山と渓谷社、1962年

要点:

  • 山頂は「草のしとね」
  • 「草原の中央に建っている記念碑」
  • 無線中継所への言及なし

参考文献:大西雄一『六甲山ハイキング』創元社、1963年

要点:

  • 「木が全然なく岩石のゴロゴロした草山」
  • 「頂上はまろやかな草地」
  • 写真「菊水山の遠望」に無線中継所は確認できない

1962年刊行の『新しい六甲山』では、菊水山山頂は草地と記念碑を中心に描写されており、無線中継所への言及は見られない。
また、1963年刊行の『六甲山ハイキング』でも、菊水山は木の少ない草山として描かれ、掲載写真にも現在見られるような無線中継所は確認できない。


4. 1969年の通信史資料にも記載なし

引用・参考文献:近畿電気通信局 編『近畿の電信電話』電気通信共済会近畿支部、1969年

要点:

  • 菊水電話局の記載はある
  • 六甲無線統制中継所などの記載はある
  • 菊水無線中継所の記載は確認できない

神戸市立図書館レファレンス係への照会では、『近畿の電信電話』(1969年)を確認したが、菊水山の無線中継所に関する記載は確認できなかった。
同書には菊水電話局や六甲無線統制中継所などの記載はあるため、少なくとも同資料上では菊水山無線中継所は確認できない。


5. 1978年には写真に塔が確認できる

『神戸消防のあゆみ』(神戸市消防局、1978年)掲載写真。菊水山山頂付近に無線中継所とみられる塔が確認できる。
『神戸消防のあゆみ』(神戸市消防局、1978年)掲載写真。菊水山山頂付近に無線中継所とみられる塔が確認できる。

引用・参考文献:

神戸消防30周年記念誌発行委員会 編『神戸消防のあゆみ : 自治体消防発足30周年記念』神戸市消防局、1978年3月

一方、1978年3月刊行の『神戸消防のあゆみ』に掲載された写真には、菊水山山頂付近に無線中継所とみられる塔が確認できる。
この写真資料により、少なくとも1978年時点では、菊水山山頂付近に無線施設が存在していた可能性が高い。


6. 1988年には「菊水山無線台」として登場

引用・参考文献:

森玉久爾男『四季の素顔を綴る : 紀行と随筆』新聞印刷自費出版センター、1988年4月

要点:

  • 「菊水山無線台に至る遊歩道」
  • 地元の道案内的な表現になっている

1988年刊行の『四季の素顔を綴る』には、「菊水山無線台に至る遊歩道」という記述がある。
この時点では、無線施設が山中の目印として認識されていたことが分かる。


7. 1991年には「無線中継所のパラボラ塔」

NTTドコモへ設置年月日を照会したが、設備情報は社内情報として開示されなかった。
1991年刊行の『六甲山景』には、菊水山山頂について「無線中継所のパラボラ塔」と記されている。

引用・参考文献:

森勝美『六甲山景 : 詩集』摩耶出版社、1991年10月

要点:

  • 「記念碑」
  • 「無線中継所のパラボラ塔」
  • 「樹木のない山頂」

1991年刊行の『六甲山景』では、菊水山山頂について「記念碑」「無線中継所のパラボラ塔」「樹木のない山頂」と記されている。
この記述から、1991年時点では無線中継所が山頂景観の一部として認識されていたことが分かる。

菊水山山頂が、大楠公六百年祭や記念碑建立とどのように関わったのかは、以下の記事で整理している。


8. 結論|1969年以降、1978年以前か

菊水山 石碑と日の出 2026年3月
昭和10年の大楠公六百年祭と結びつく菊水山の記念碑。山頂は記念の場から通信インフラの場へと性格を変えてきた。

以上の資料を整理すると、1963年時点では菊水山山頂に無線中継所は確認できず、1969年の通信史資料にも記載は見られない。
一方、1978年刊行の『神戸消防のあゆみ』には無線中継所とみられる塔が写り、1988年には「菊水山無線台」、1991年には「無線中継所のパラボラ塔」と記されている。
したがって、現時点では、菊水山の無線中継所は1969年以降、1978年以前に設置された可能性が高いと考えられる。

昭和11年の菊水山記念碑除幕式については、こちらの記事で詳しく扱っている。


目次

参考文献欄

  • 山下道雄『新しい六甲山』山と渓谷社、1962年
  • 大西雄一『六甲山ハイキング』創元社、1963年
  • 近畿電気通信局 編『近畿の電信電話』電気通信共済会近畿支部、1969年
  • 神戸消防30周年記念誌発行委員会 編『神戸消防のあゆみ : 自治体消防発足30周年記念』神戸市消防局、1978年3月
  • 森玉久爾男『四季の素顔を綴る : 紀行と随筆』新聞印刷自費出版センター、1988年4月
  • 森勝美『六甲山景 : 詩集』摩耶出版社、1991年10月
  • 名生昭雄『いざやかぶかん : ひょうごぞうし』神文書院、1989年1月
  • 神戸市立図書館レファレンス係回答
  • NTT西日本回答
  • NTTドコモ回答
  • 現地調査

※菊水山のの全体像は、「菊水山とは何か」にまとめています。

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