80歳で20年。
言葉だけでは伝わらない現場の重みは、映像で確認してほしい。
午前2時半、誰もいない山へ入る理由
午前2時半。
まだ街も動き出していない時間に、一人の男が山へ入る。
年齢は80歳。
神戸の菊水山で、登山道の整備を20年以上続けている岡本さんだ。
正直に言うと、この光景は実際に見るまで理解できなかった。
なぜ、この時間なのか。
なぜ、一人で続けられるのか。
その答えは、山の中にあった。
登山道整備とは何をしているのか
登山道は自然のまま存在しているわけではない。
安全に歩ける道には、人の手による整備が必要になる。
岡本さんが行っている主な作業は以下の通り。
- 丸太の設置(階段・土留め)
- 崩れた道の補修
- 倒木の処理
- 草刈り
- 不法投棄ゴミの回収
これらを、ほぼ一人で担っている。
丸太を運び、道を作る(最も過酷な作業)
背負子に丸太と道具を積み、山を登る。
この作業が、登山道の基盤を支えている。
最も過酷なのは、丸太の運搬だ。
丸太は山頂付近まで運ばれ、そこから人の手で運ぶ。
岡本さんは背負子を使い、必要な場所まで下ろしていく。
1本あたり約2〜3kg。
これに支柱や道具が加わり、合計で20kgを超えることもある。
しかも運ぶのは、傾斜のある山道。
過去には、丸太を背負った状態で2度の転落も経験している。
丸太を置く場所はどう決めるのか

設置場所は感覚ではない。
- 湿気の多い場所 → 約10年で腐食
- 乾燥した場所 → 約20年持つ
こうした経験から、崩れそうな箇所を見極めて交換する。
「ここは踏んだら危ないな」
その判断で、1本ずつ道を作っていく。
危険と隣り合わせの現場

作業は常に危険と隣り合わせだ。
- 岩場での転落リスク
- 重量物によるバランス崩壊
- 足場の不安定な斜面
それでも、作業は続く。
「やめようと思ったことはない」
その一言に、この活動の本質がある。
ゴミ回収というもう一つの現実

登山道整備と並行して行われているのが、ゴミ回収だ。
実際に回収されているのは、
- 椅子
- クッション
- 家電製品(過去には冷蔵庫・洗濯機)
といった粗大ゴミ。
これらは山中や川底に捨てられている。

脚立を使い、川へ降りて回収する作業もある。
80歳とは思えない身のこなしで、一つずつ引き上げていく。
回収後は行政が引き取りに来るが、
そこまでの作業はすべて人力だ。
なぜ続けられるのか

「丸太がうまく設置できたときね。
そこを人が歩いてくれるのを見るのが、一番うれしい」
整備された道を、誰かが何気なく歩いていく。
その光景が、そのままやりがいになる。

では、なぜ危険を伴うゴミ回収まで続けられるのか。
「山がきれいに保たれていると、気持ちいいやろ」
特別な理由ではない。
評価でも、義務でもない。
ただ、気持ちいいからやる。
丸太運搬、転落、そして続ける理由。
岡本さん自身の言葉で語られる記録。
この活動の本質
丸太を打つ音も、
ゴミを拾う動きも、
すべては同じ方向を向いている。
山を気持ちよく保つ。
そのために、20年続いている。
20年で変わった菊水山

かつては荒れていた登山道も、今では多くの人が歩く道になった。
整備が進むにつれて、登山者も増加。
一方で、
- マナーの問題
- 不法投棄
といった課題も増えている。
それでも、道は守られている。
80歳の現在とこれから
手術を経て、一時は山に入れない時期もあった。
現在は体調を見ながら、できる範囲で作業を続けている。
「わしがおらんくなったら、誰がやるんやろな」
後継者はいない。
それでも、今日も山へ入る。
菊水山の登山道はこうして守られている

私たちが何気なく歩いている登山道。
その裏側には、こうした積み重ねがある。
この記録が、山の見え方を少しでも変えるきっかけになればと思う。
最後に
この道は、自然にできたものではない。誰かが、誰にも知られない時間に、
少しずつ積み上げてきたものだ。その事実を知るだけで、
山の見え方は変わる。菊水山は、今日も静かに支えられている。
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