日本人がお金持ちを嫌いな理由【中国古典の伝わり方から解説】

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日本人がお金持ちを嫌いな理由【中国古典の伝わり方から解説】

なぜ日本人はお金持ちが嫌いなのか知りたい人

「 日本人がお金持ちを嫌いになった理由は? お金持ちが嫌いな日本人の理由を歴史的、思想的、背景?」

という方の為に記事を書きます。

中国に自強無息(じきょうむそく)という言葉があります

これは、私がNUCBビジネススクール時代にある先生が自分の「座右の銘」で、その真意を解説してくれました。

なんでも、中国の清華大学に訪問した時に、墓標にあった言葉だそうです。清華大学はあの鄧小平(とうしょうへい)が出身の中国の名門大学の一つですけど。

その鄧小平の言った事は、黒い猫であっても、赤い猫であっても、ネズミをとればいい猫だよと。だから強くなれるものから強くなりなさい、で、強くなってから弱いもの助けなさい」と。資本主義的にいうと、「金持ちになれるものから金持ちになりなさい。で、裕福になったら、貧しい人たちを助けなさい」と。

自強無息(じきょうむそく)というのは、こういう意味が込められています。

「三方よし」が広まった日本

自強無息(じきょうむそく)という概念は、日本では広まりませんでした。

一方で、広大な大地を持つ中国と、四方を海に囲まれた日本。この地理的な特性も日本独自の商売哲学を発展させていきました。

早くから江戸、堺を中心に都市化が進んだ事から、小さな空間で他人と暮らす事に順応が進みます。

助け会い、感情を制御しながらの集団行動に長けている。

これは江戸時代に発達した近江商人による「三方よし」にも通ずるし、または三者鼎立(さんしゃていりつ)の精神に基づく商売が哲学が根付いてきました。

「三方よし」というのは、「売ってよし」、「買ってよし」、「世間よし」という、この売り手にも、買い手にも、また全ての取引先を含む社会全体にとっても、全てを満足させるという、こんな意味が込められています。

三方よしについては、伊藤忠のホームページによく纏った記述がありますので、関心のある方はそちらをご覧ください。

日本人と中国人がみる中国古典は違う

実際、私たちは中国古典と言っているものは、中国と日本では違います。

これを研究されているのが仏教哲学研究の大家である中村元先生です。中村先生によれば、中国の中国古典は異なると述べられています。

  • そもそも、中国語の構造は日本語とは異なる
  • 日本からの使節団が中国に派遣された際に、中国語が完全に理解できずに誤訳された
  • 中国古典にある概念、考え方が、日本にはないもの、日本の文化にそぐわないものは意図的に、日本式に合うように訳された

例えば、仏教は中国を経由してインドから伝えられましたが、日本には神道があり、神というのは山々、川、岩、木々の中、どこにでも存在すると考えられています。

伝統的に日本では自然愛の精神がある。そのような中で、中国哲学の考え方が神道の考え方に合わないものは、フィルターをかけられて日本には受け入れられませんでした。

中国古典から「個人の富の追求」を削除した日本人

人間というのは、自分の中に情報を入れたとき、それを自分のフィルターを通して見ます。これを事実を捏造するともいいますが。それで、自分が持っている概念にないものは、簡単には理解出来ません。

例えば、フランスで勉強していたときに、日本人の私にとって非常に違和感があり理解しづらい概念がありました。これは中国人にも共通する事ですが、例えば、西洋では「妥協」や「譲歩」は敗北を意味し、常にWin-Winの方法を考える必要があると講義されても、入ってこないのです。

そういう事で、日本人や中国人の学生が聞けば違和感があるとよく議論が起こります。

「妥協」、「譲歩」という言葉を聞いて敗北を感じる日本人、中国人はまずいません。理解が容易に出来ません。で、人間というものは、自分の理解出来ないものは、うまく伝えることが出来ないのです。

日本人の留学僧が平安初期に当時の唐の時代へ派遣され日本に伝えられた中国古典ですが、それと同じように、老荘思想や荘子に見られる「個人の富の追求」のようなものは、当時の留学僧にとってっは理解するのが容易ではなかっただろうと。

中国古典の概念、考え方で、日本の文化にそぐわないものは意図的に、日本式に合うように訳されました。中国古典の中にある「個人の富の追求」は当時の留学僧によって削除され、広まる事はなかったということです。

まとめ

この記事のまとめです。

  • 日本に伝来された中国古典は中国人がみるものと違う
  • 人間は自分の概念にない考え方は、なかなか理解出来ない。または情報を捏造する
  • 中国古典にある個人の富の追求は日本で広まらなかった
  • 東の果てにある島国の日本では、商売哲学が独自に発展した

参考文献

  • Nakamura, H. (1991). Ways of thinking of eastern peoples: India, China, Tibet, Japan. Motilal Banarsidass Published.
  • Matsubara, H. (1987) Nihon no chie Yoroppa no chie, Mikasa Shobo

「松原久子(1985)日本の知恵、ヨーロッパの知恵」 

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