かつて現在の菊水山は「城ヶ越山」と呼ばれていた。
その読みについては諸説あるが、
👉 「しろがこえ」と読む可能性が極めて高い
本記事では、昭和10年の神戸新聞を一次資料として
山名の読みと改称の経緯を検証する。
目次
■ 現在の菊水山の様子



■ 城ヶ越山 → 菊水山への改称(5月20日)
昭和10年(1935年)5月20日、
当時「通称・神戸アルプス 城ヶ越山」と呼ばれていた山は、
👉 「菊水山」と命名された
「通称神戸アルプス城(しろ)ケ越に…これを菊水山と命名し…植樹式を挙行」
■ 菊水山 朝の記録
■ 読みの根拠は5月18日記事にある
昭和10年5月18日の神戸新聞では
👉 「城」にのみルビ(しろ)が付されている
一方で
👉 「越」にはルビが付されていない
■ 神戸新聞(昭和10年5月18日)

※本記事では、当時の新聞記事をもとに構成しています。
原文は旧仮名遣いや判読困難な箇所があるため、一部を現代語に改め、劣化の激しい部分は割愛しています。
※本文は神戸新聞原文を再確認し、一部表現を修正しています。
■ ③ なぜ「越」にルビがないのか
当時の新聞は
- 読みに迷う漢字 → ルビ付与
- 一般的な読み → ルビなし
という原則がある
つまり👇
👉 「越=こえ」が当時一般的だった可能性が高い
■ ④ 「しろがこえ」が最有力となる理由
「城ヶ越」は
👉 城+ヶ(が)+越
という構造
この場合
👉 助詞「が」が入ることで連濁しにくい
■ ⑤ 他の読みの可能性
| 読み | 評価 |
|---|---|
| しろがこえ | ◎ 最有力 |
| しろがこし | △ 理論上あり |
| しろがごえ | × 低い |
| じょうがごえ | × 誤読の可能性 |
■ 山肌に浮かぶ菊水紋・神戸新聞(昭和10年5月20日)

■ 菊水紋を描いた山
植樹式では
👉 約2万本の旗と植樹により
👉 山肌に「菊水紋」を描く計画
が実行された
■ 昭和11年石碑除幕の記録(神戸新聞)
■ 私自身の訂正
これまで私は
👉 「じょうがごえ」
と紹介してきたが
👉 一次資料検証により誤りの可能性が高い
ここに訂正する
■ 現在も残る地名「城ヶ越」
現在も
👉 神戸市北区山田町下谷上中一里山
に「城ヶ越」の名が残る
ただし
👉 地名と山名の読みは一致しない可能性がある
■ 菊水山の記録



■ 結論
昭和10年の神戸新聞における
- 「城(しろ)」のルビ
- 「越」無ルビ
という事実から
👉 城ヶ越山は「しろがこえ」と読むのが最も自然である
※菊水山の石碑については別記事で詳しく検証している。
👉 → 石碑記事へリンク
■ 参考文献
- 神戸新聞(昭和10年5月18日)
- 神戸新聞(昭和10年5月20日)
- 神戸新聞(昭和10年5月21日)
- 現地調査
■ 関連記事
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