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菊水山
菊水山の登山道は誰が守っているのか 80歳、20年続ける整備の記録(神戸・六甲全山縦走路)
80歳で20年。言葉だけでは伝わらない現場の重みは、映像で確認してほしい。 https://youtu.be/SiE8fFeqQZE 午前2時半、誰もいない山へ入る理由 午前2時半。まだ街も動き出していない時間に、一人の男が山へ入る。 年齢は80歳。 菊水山で、登山道整備を20年... -
菊水山
菊水山 登山道整備の現場記録②|丸太を運び、道を作る
2026年4月20日、午前5時24分。菊水山山頂で日の出を迎えた。 空気は澄み、山の輪郭がゆっくりと浮かび上がる。この日も、いつも通り山は静かだった。 下山の途中、登山道整備を続ける岡本学さんに話を伺った。 菊水山山頂 日の出前。赤く染める空と石碑 ... -
菊水山
なぜこんな場所に?新装された鵯越大仏を現地で検証してみた
2026年4月19日 朝の山歩き。久しぶりに鵯越へ向かった。正直なところ、この大仏はずっと引っかかっていた。 「なぜこんな場所にあるのか分からない大仏」——それが第一印象だ。 山に入ると現れる生活の気配 烏原登山会の記帳所へ立ち寄る。そこから山へ入っ... -
菊水山
菊水山に刻まれた道と人の記録 ― 登山道整備20年、岡本学さんの歩み ―
神戸市の菊水山。早朝、まだ薄暗い時間帯から、この山で作業を続けている人がいる。 この人の名前は、検索しても出てこない。 岡本学さん。現在80歳。およそ20年にわたり、登山道の整備を一人で続けてきた。 菊水山山頂へ丸太を取りに来る岡本さん。2026年... -
菊水山
菊水山の菊水紋はなぜ維持されなかったのか|児童拠出と構造的限界から検証
菊水山は「自然の山」ではない 菊水山は、もともと「城ヶ越山」と呼ばれていた山である。しかし現在の「菊水山」という名称や、山肌に描かれた菊水紋、そして山頂の記念碑は、自然発生的なものではない。 昭和10年(1935年)の大楠公六百年祭を契機として... -
菊水山
菊水山の石碑はいつ完成したのか|昭和11年除幕式と竣工時期を検証(神戸新聞・一次資料)
菊水山山頂にある石碑は、いつ完成したのか。 昭和11年6月4日に除幕式が行われたことは確認されているが、石碑の正確な竣工時期は記録として残っていない。 本記事では、神戸新聞および当時の教育資料・関連資料をもとに、事実と推定を整理する。 昭和11年... -
菊水山
菊水山の整備記録|2026年1月〜3月と建国記念日前後の伐採の実態
2026年初頭、菊水山で複数の整備が行われた。 今回の整備は一時的なものではなく、2026年1月から3月にかけて段階的に実施されている。 特に、建国記念日前後には、大木を含む伐採作業が集中的に行われたと見られる。 私は日の出前後の時間帯に山を歩いてお... -
菊水山
城ヶ越山の読みは何か|神戸新聞(昭和10年)から再検証
※「城ヶ越山」の読みについては、大正期〜昭和初期の文献で複数の表記が確認されており、統一された読みが存在しないことが分かっています。 詳細な検証記事はこちら👇 城ヶ越山の読みは何か|大正・昭和初期文献と神戸新聞から検証 かつて現在の菊... -
菊水山
菊水山の菊水紋はなぜ消えたのか|昭和10年の神戸新聞と現地調査から検証
かつて菊水山の山肌には、**若松と2万本の菊水旗で描かれた「菊水紋」**が存在していた。 昭和10年(1935年)、大楠公六〇〇年祭にあわせて行われた植樹事業によって、山肌に浮かび上がったその紋は、当時の神戸新聞にも写真として記録されている。 しか...
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