昭和10年5月20日、菊水山山頂の石碑はまだ現在地になかった|大楠公六〇〇年祭の植樹式から検証

神戸市兵庫区と北区の境にある菊水山。

山頂にある「菊水山」と刻まれた石碑について、
その設置時期は昭和10年か昭和11年かという議論がある。

本記事では、昭和10年5月の神戸新聞記事をもとに、
石碑設置時期を検討するための前提事実を整理する。


※本記事では、当時の新聞記事をもとに構成しています。
原文は旧仮名遣いや判読困難な箇所があるため、一部を現代語に改め、劣化の激しい部分は割愛しています。
※本文は神戸新聞原文を再確認し、一部表現を修正しています。


目次

神戸新聞(昭和10年5月21日)記事

神戸新聞

見出し
「産声あげた菊水山
新緑の風に飜る
二万本の菊水旗
今日、城ケ越山に市民代表学童が
赤誠凝れる植樹式」


植樹式の概要

昭和10年5月20日、
神戸市背後の山、城ケ越山(じょうがこしやま)において、
大楠公六〇〇年祭の一環として植樹式が行われた。

この事業には、

・神戸市内小学校
・児童および教職員
・各校代表者

が参加しており、大規模な行事であったことが記録されている。


山肌に浮かび上がった菊水紋(昭和10年)

出典:神戸新聞(昭和10年5月21日)

昭和10年5月の植樹事業によって、
山肌には約2万本の松が植えられ、菊水の紋章が描かれた。

このことは、神戸新聞に記された計画が、
実際の景観として成立していたことを示している。


記事本文の重要記述

記事中には、次のような記述がある。

祭壇(記念碑建立予定地)に向かって祝詞の奏上がある


この記述から読み取れること

この記述において、式典が行われた場所は
「記念碑建立予定地」とされている。

👉
この表現からは、少なくとも当該地点において、
記念碑が完成・公開された状態で存在していたとは読み取れない。


時系列整理

現時点で確認できる主な事実は以下の通りである。

・昭和10年5月20日:植樹式(建立予定地の記載)
・昭和11年6月4日:記念碑除幕式


記念碑除幕式の様子(昭和11年)

出典:神戸新聞(昭和11年6月5日)

※昭和11年6月4日、菊水山山頂で行われた記念碑除幕式。
石碑、日章旗、司祭の姿が確認できる。

この時点で、石碑が山頂に設置されていたことは確実である。


導かれる整理

これらの記録を踏まえると、

👉
石碑は、昭和10年5月20日の時点では
少なくとも現在の記念碑位置に完成した形で設置されていたとは考えにくい。

👉
一方で、昭和11年6月4日には除幕式が行われていることから、

設置は昭和10年5月20日以降、昭和11年6月4日までの間に行われたと考えるのが、現時点の資料から最も整合的である。


本記事の位置づけ

本記事は、石碑の建立時期そのものを断定するものではない。

👉
一次資料に基づき、

「少なくともいつ設置されていなかったか」

を確認することで、

👉
設置時期の範囲を段階的に絞り込むための検証である。


今後の調査

今後は以下の資料をもとに検証を進める。

・昭和10年後半の神戸新聞記事
・昭和11年前半の記事
・式典内で言及された工事報告
・施工業者(深井工務店)の記録


現地の石碑と現在の姿

2026/3/22 著者撮影

現在の菊水山山頂には、記念碑が立っている。

90年前の記録と現在の景観が、
この場所で連続していることが確認できる。


関連動画

毎朝この山を歩き続けていると、
この石碑や山の成り立ちに対して、自然と疑問が湧いてくる。


まとめ

昭和10年5月20日の植樹式当日、
当該地点は「記念碑建立予定地」とされていた。

👉
このことから、

この時点では、現在の記念碑位置に石碑が完成した形で設置されていたとは読み取れない。

👉
したがって、石碑の設置時期は、
昭和10年5月20日以降に絞られる。


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参考文献

・神戸新聞(昭和10年5月21日)
・神戸新聞(昭和11年6月5日)
・現地調査

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