Kobe Alpus– Author –
Kobe Alpus
神戸を拠点に、六甲山系(菊水山・摩耶山)を中心とした登山・歴史・地域文化の現地記録を行っています。
大正〜昭和初期の文献調査と現地観察を組み合わせ、神戸アルプスや城ヶ越山、臍岩など、埋もれた地域史を検証・発信しています。
https://youtu.be/LVmgOt3vF7o
2025年より毎朝登山を継続(300日以上)。現地の変化を日々記録しています。
Googleマップへの情報提供(新規登録・修正・写真・動画投稿)と、YouTube・ブログを連動させ、神戸のローカル情報を体系的に蓄積しています。
EDHEC Business School / 名古屋商科大学ビジネススクール(NUCB)修士課程修了。
Googleマップへの情報提供(新規登録・修正・写真・動画投稿)と、YouTube・ブログを連動させ、神戸のローカル情報を記録しています。
EDHEC Business School / 名古屋商科大学ビジネススクール(NUCB)修士課程修了。
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菊水山
神戸アルプスとは何か|昭和10年の神戸新聞に見る六甲全山縦走路の原型
※本記事の内容について(重要) 本記事は公開当初の調査内容に基づいて執筆していますが、その後の一次資料の再検証により、新たな知見が判明しました。 特に「神戸アルプスの定義」および「菊水山(旧称・城ヶ越山)の位置づけ」については、従来の理解を... -
菊水山
昭和10年5月20日、菊水山山頂の石碑はまだ現在地になかった|大楠公六〇〇年祭の植樹式から検証
神戸市兵庫区と北区の境にある菊水山。 山頂にある「菊水山」と刻まれた石碑について、その設置時期は昭和10年か昭和11年かという議論がある。 本記事では、昭和10年5月の神戸新聞記事をもとに、石碑設置時期を検討するための前提事実を整理する。 ※本記事... -
菊水山
菊水山の名はいつ成立したのか|昭和10年5月の神戸新聞から検証
神戸市兵庫区と北区の境にある菊水山。湊川神社の背後にそびえるこの山は、現在では当たり前のようにその名で呼ばれている。 日の出と石碑 20260322 ※菊水山山頂の石碑(2026年3月撮影) しかし、この「菊水山」という名称は、いつ、どのように生まれたの... -
菊水山
菊水山の石碑はどうやって設置されたのか|山頂加工か運搬か現地からの仮説
※本記事の内容は、その後の一次資料(神戸新聞)により再検討されています。最新の検証はこちら 菊水山の石碑に刻まれた「昭和10年5月」は竣工日ではない この記事は菊水山石碑の調査シリーズの一部です。 石碑の設置時期(昭和10年か11年か)の検証 除幕... -
菊水山
菊水山の菊水紋はこう作られた|神戸三名物に位置づけられた植樹事業
神戸市兵庫区、菊水山。現在、山頂の石碑が知られているが、その背景には大規模な植樹事業があった。 昭和10年、大楠公六百年祭にあわせて行われたこの事業は、神戸市内の小学校が総動員される形で実施されている。 さらに当時の新聞では、この菊水山が市... -
菊水山
菊水山の石碑に刻まれた「昭和10年5月」は竣工日ではない|神戸新聞から確認できる事実
神戸市兵庫区、菊水山山頂にある「菊水山」と刻まれた石碑。この石碑については、これまで刻字の「昭和10年5月」から、昭和10年建立と理解されることが多かった。 しかし、昭和11年6月5日付の神戸新聞第2面を確認すると、この理解は再検討が必要だと分かっ... -
菊水山
菊水山の石碑は昭和10年か11年か|神戸新聞(昭和11年)から確認できる事実
結論:昭和11年には設置済み、設置年は未確定 神戸市兵庫区、菊水山山頂にある石碑。「菊水山」と刻まれたこの石碑について、設置時期は昭和10年か昭和11年か。 本記事では、昭和11年の神戸新聞記事および既存資料から、現時点で確認できる事実を整理する... -
菊水山
菊水山の記念碑除幕式とは何だったのか|昭和11年6月5日 神戸新聞(第2面)
今朝、図書館で昭和11年の新聞をめくった。 自分が毎朝立っている菊水山の山頂。その場所で約90年前に行われた出来事が、当時の言葉でそのまま残っていた。 ■ 神戸新聞(昭和11年6月5日 第2面) 見出し「僕らの手ではらり 覆い外した記念碑 菊水山植樹奉... -
菊水山
菊水山はいつから特別だったのか|古代遺物と名前の変遷
菊水山山頂には、昭和10年に建立された石碑があります。 しかし—— この場所の歴史は、それよりはるかに古い可能性があります。 【① 古代の痕跡】 『神戸の史跡』(神戸市教育委員会編)によると、菊水山山頂付近では、 ・須恵器片(すえきへん)が採集され...
